オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第9話 SLK6 中学校


ルルーシュ達が通っている小学校の横の平地に工事のための車両が何台も止まっていた。桐原の話ではここに中学校を建設予定なのだと言う。
全てはスザクのため。
元々はこの地の子供は少なくて、中学生は現在10人に満たない。その上、ここで学んでも高校受験はなかなか難しく、来年からは隣町の中学校に全員を通わせる話になっていたのだが、そこだとスザクは通えないため、ならばここに中学校を新たに用意する、と言う事になったらしい。
スザクがいることで、小学生も増えたからちょうどいいと、村人たちも在校生も大喜びだった。
ルルーシュ達は今4年生。
だから今年から建設を始め、来年から開校できるようにするのだと言う。
そうすればルルーシュ達が中学1年となった時には今の6年生が中学3年生。
全ての学年がそろう事になる。
生徒募集はまだかけてかけていないが、近隣の町だけではなく、遠方からも入学希望者から連絡が来ているのだと言う。
なにせ神が姿を現す縁起のいい土地だ。
神と仲良くなれなくてもいいから、その土地で勉強をさせたいと言う親が多いらしい。
この土地で暮らし、小学校に通う者たちはそのままこの中学に入れるが、外部は試験で入れることになるらしく、そちらの準備も大忙しだ。
建設作業は授業時間を出来るだけ避ける事になった。
それはうるさいという理由からではなく、子供たちが工事の作業風景に目を奪われてしまい、授業にならなかったからだった。
日に日に形になっていく建物に子供たちは自分の通う中学校だと言う思いから、どうしてもそちらに意識が行ってしまう。

「あっちは木造じゃないのね」

カレンは教室の窓から、工事風景を覗き見ながらそう呟いた。

「かなりの人数を受け入れることになるらしいよ」

この小学校は各学年1クラスある木造の建物だった。
中学校は各学年4クラスになると桐原が言っていた。
出来る事なら今と同じぐらいの人数、多くても倍程度と考えていたようだが、建設の話が出てから入学希望者が後を絶たず、入学できる人数が少ないのならここに通う小学生も全員受験にしろと文句を言う親まで現れたらしい。
だから外部の生徒が入るための枠を多めに用意することになったのだとか。
スザクが聞いたら文句を言いそうな内容だが、残念ながらスザクは本殿で眠り続けていて、中学校が建設されている事さえ知らない。
そもそも、スザクは小学校の勉強でもついていくのがやっとだったのだ。
中学校の勉強など出来るのだろうか?
それとも見た目の変わらないスザクはずっと小学校のまま?
それはそれで問題になりそうだと、僕は視線をノートに戻した。
スザクが眠って既に1カ月がたった。
傷は既に癒えているが、目を覚ます気配はない。
枢木の宮司も予定を大幅に変更しこの地に戻ってきていて、今はスザクの眠る本殿を藤堂と共に護ってくれている。
厳格そうな雰囲気の年配の男性だったが、話をしてみるととても心根が優しく、この人にならスザクを預けても大丈夫だと思った。
宮司は元々枢木には養子で入ってきたそうで、スザクが姿を現したことに喜び、同じ枢木だと紛らわしいだろうということで、今後自分をを呼ぶ時は旧姓である仙波で呼んで欲しいと言われた。
枢木の宮司は代々子に恵まれないらしく、仙波もまた子に恵まれず、妻とは既に死別しているのだと言う。
そのため跡取りとして養子を迎える事になり、この地を離れていたそうだ。
養子となったのは女性らしい。
まだ手続きが全て終わらない為この地に来るにはまだまだ時間が掛かるそうだ。
仙波は僕がスザクの傍に居ると、良く顔を見せる。
いかつい顔に笑みを乗せ、いつも大丈夫だと口にする。
見た目に反して楽天家らしく、スザクはこのまま眠り続ける事はない、年明けには目を覚ますだろうから心配しなくてもいいと、僕を安心させるように言った。
スザクを恨み、呪い、刺し殺そうとした者の呪詛のせいか、鉛玉のせいか。あるいはまったく別の何かか。理由は解らないが、スザクは目を覚まさない。
もう傷も癒えたからそのうち目を覚ますとカグヤも笑いながら言っていた。
悩んでも悲しんでも後悔しても意味はない。
ならばと、その間の授業内容をまとめて、スザクにも解りやすく、覚えやすくしておくことにしたのだ。
もし目を覚ました時に、自分も中学へ行くとスザクが言ったときのために。
何せ外部受験で入学する者も通うのだ。
スザクもそれなりに授業についていってもらわなければ。

「ホントあんたってマメよね」

手を動かし始めた僕に、カレンは苦笑しならがらそう言った。

「スザクは勉強が苦手だから、少しでも解りやすくしないと、すぐ投げ出すから」
「それでいつもあんたに怒られるのよね。」
「何より外部から来た者に、スザクが唯の体力馬鹿だと思われるのは嫌だ」

散々体力馬鹿だと口にしているのは僕だが、そこはあえて口にはしない。
するとカレンは瞼を数度瞬いた後噴き出した。

「ぷっ、確かにそうね。うちの土地神様が脳筋馬鹿だって思われたくないわよね。じゃあスザクが目を覚ましたら勉強会しましょう!」

カレンのその申し出に僕は賛成し、再びペンを走らせた。
中学校は日に日に完成に近づいていく。
僕はこの学校に通えるのだろうか。
最低でも1年はこの地に居ることになるだろうと僕は予想していた。

1年。

つまりそれを超えたら、僕はここに居られなくなるのだ。
喉元過ぎれば熱さ忘れると言う言葉通り、時間がたてば僕を利用するべきだと言う声が上がるだろう。
自分が優秀だと言う自覚は当然ある。そしてそれを放置するような連中ではない。
弱肉強食を謳う父の事を忘れ、強者となりえる僕を連れ戻すことのリスクより目の前に転がっている僅かな利を選ぶ愚か者たちだ。

1年。

あと半年ほどか。
ここに来た当時は、早くあの場所に戻りたいと思っていた。
早く戻ってナナリーを守るための力をと。
だが今は違う。
ここを離れたくはない。
ナナリーもいずれはこの地にと思っている。
だがきっとそれは許されない。
僕には抗うための力はないから。
だから僕はあの場所に戻るだろう。
予鈴が鳴り、生徒がばたばたと席に着く。
僕はペンを止めると、ノートを閉じた。
今書いていたのは小学5年の算数。
来年のものだ。
4年生の分はもう完成している。
5年が終われば6年。
6年が終われば中学の分。
少しでも多く残していこう。
スザクがカレンと共にあの校舎に通えるように。



「あんた、またそれ見てるの?」

私は呆れたようにそう口にした。

「なんだよ、悪いのかよ」
「悪くないわよ?」

そう言うと、私は縁側に腰かけた。
暑い夏の日差しが日陰に入ったことで少し和らぐ。
家の中を気持ちのいい風が通り抜け、風鈴がちりんと音を鳴らした。
夏休みに入り毎日遊びまわっていた私たちだが、いい加減宿題を片付けなければと、この家の掃除も兼ね今日は勉強会を開くことになったのだ。
会と言っても二人だけだが。
スザクが開いていたのはルルーシュが残したノート。
小学4年の後半から中学3年の分。
とはいえ中学3年の分は途中で内容が止まっていた。
完成する前にルルーシュが連れて行かれたからだ。

「やっぱりルルーシュはすごいわよね。授業を受けるだけだとあんた、全然ついていけないけど、そのノートのおかげで上位に入れるんだから」

中学校1年の主席はカレン、次席はスザク。
スザクが手にしているノートはもうボロボロだった。
毎日毎日、時間があれば目を通していたのだ。
それこそ暗記するほど。
ルルーシュがこれだけの物を用意したのだから、それに応えなければと苦手な勉強をスザクはこなした。
スザクを思い丁寧に書きあげられた書物。
このノートも神に捧げられた供物となる。
だからスザクの宝物だった。
教科書を読んでも、教師の話を聞いても全く理解できないが、ルルーシュの綺麗な字が並ぶそのノートの内容はすんなりと頭に入ってくるというから不思議だ。
そのノートをパタリと閉じると、スザクは宿題を鞄から取り出しテーブルに広げた。
私も靴を脱ぎ家に入るとその正面に座り同じように宿題を広げる。

「でもアレよね。そのノート中3の途中まででしょ?その後どうするの?」
「そこまであれば充分だろ?」
「あんた高校どうするのよ?桐原のお爺ちゃん、あんたが通う高校だって張り切って今建ててるじゃない」

スザクがここまで頑張ると思っていなかった桐原は、義務教育である中学までしか考えていなかった。
だが、中学に入って外部入学者を交えた中でもスザクはカレンには負けるが次席という好成績を残した。
テストはほぼ100点。苦手な物はブリタニア語。
これに驚いたのは桐原だけではない。
カグヤも驚き、そして喜んだ。
その結果、高校も建てられることとなり、今絶賛建設中だ。
小学校の横に中学校。そしてその横に高校。

「その虎の巻が無くなったらあんた今の順位なんて無理じゃないの」
「うるさいなぁ。だから高校に行かないって。俺は中学3年まででいい」

ルルーシュの残した物もそこまでだ。
だからそこまでは全部覚える。
そしてルルーシュに胸を張れる順位だけを残す。

「あいつが怒るわよ。せっかく上位キープしてたのに高校はいらなかったら」
「・・・ルルーシュが戻ってきたら頑張る」
「あー。きっとあんた用の高校ノート作るわよね」

カレンはきっとそうだと明るい声で笑いながら言った。
作ってくれるだろうか。
作ってくれれば宝物が増える。

「ほら、さっさと終わらせましょう。そして掃除!その後遊ぶんだから」
「わかってる」
「じゃあどちらが先に終わるか競争よ!負けたら腕立て100回ね!」
「受けて立つ!」

互いに笑みを向けた後、カウントを始め一斉に宿題に取り掛かる。
勝敗は決まっている。
だけど競争せずには居られない。挑まずには居られない。
ちりんと風鈴の音がする静かな部屋で一心不乱にペンを走らせる。
スザクには勝つ。カレンには勝つ。
ライバルという物はホントにいい物だと思う。
そして。

「っ終わった!」
「まじかよ!俺あと2問あるのに!」
「よっし!連勝記録更新よ!ってことでスザク、腕立て100回ほら早く!」

勝者は笑いながらそう口にした。

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